‐栗下直也

記憶の蒸発:新年に寄せて

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

このサイトの編集人に、なにか書いてくださいといわれたのは、2017年のゴールデンウイーク明けだっただろうか。

忘れていたわけでない。書くのが仕事なのだが、職業柄、いつまでに、何字で、こんな感じでと言われれば、大概、相手の要求水準を満たせる無駄な自信はあるのだが、何でも、自由に、お任せしますといわれるととたんに書けなくなる。いずれにせよ、「いつまでに」は守れないが。

書きたいことがないのかもしれない。「働かないと暇だから働いている」という人にたまに出会うが、「働かないで、たらふく呑みたい」私にしてみれば、できることならキーボードを打つ動作もワンタイプでも省きたい。如何せん書かないことには呑み代も捻出できないので、中身がないのを恥じつつもとりあえず打ち続けているのだ。

こんな感じで、ネタに困るといつも酒ネタに逃げるのがお約束なのだが、最近は、難しくなってきている。

醜態をさらさないわけではない。いや、後日話を聞く限り、これまで以上にさらしまくっているのだが如何せん記憶の蒸発が早い。

記憶は残らないが、酒は残り体がひたすら重い。

昨年末も、昼ぐらいに呑み始めて、午後3時以降の記憶がなく、気づいたら翌朝。スマホの電源を入れてみると、午後7時半くらいに呑んでいた人間から鬼のような着信履歴があり、なぜか午前4時頃に折り返している。正直、恐すぎて何があったか聞いていない。聞けない。年が改まったので無礼があっても水に流してくれるのでしょうか。

こうした事態というか醜態を何とかしなくてはと最近は、二日酔いによく効くとされるクスリを買い込んでいる。一粒2000円の錠剤を手に入れて、「これでどんなに正体不明になっても大丈夫」と勇気凜々である。なにか大きな間違いを犯している気もするが。アル中が拗れて乗り物恐怖症になり、電車に乗るために酒を呑んで恐怖心を克服した横溝正史を笑えない日が近づいているのかもしれない。

 

栗下直也

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

*